めざせ、Neoleaderエヴァンジェリスト

      「権限によらないリーダーシップ」は全ての人のもの。その素晴らしさが一人でも多くの人に伝わるといいと思います。

ブックレビュー『自意識と創り出す思考』中—理想や才能にとらわれず望む人生を自由に生きる

教訓 エゴは関係ない。プロジェクトの成功を成功させることだけが大事。

こんにちは、Viviです。上中下でお送りしている読書レビューの続きです。
『自意識(アイデンティティ)と創り出す思考』という本です。
この本、ある方との雑談の中で「面白いよ~」とのコメントを聞いて読み始めたものの、翻訳本のせいなのか、私の理解力の限界なのか、正直、内容が難しくて何となく言っていることは分かるような気がするものの、よく分かっていないかも、というモヤモヤが晴れず、内容を自分の中で消化する意味もあり、レビューを書いてみています。と言うわけで早速、内容に入ります。
1章から18章までと長いので前回からの続きということで、今回は7章から12章の中編を書かせていただきます。

自意識(アイデンティティ)と創り出す思考

  • 第7章 内なる脅威
ここの章では内なる脅威としてのストレスを取り上げて、自意識がいかに私たちの健康を害することが述べられています。
「理想・思い込み(ビリーフ) ・現実の葛藤」は、嫌な思い込みを隠しながら実現不可能な理想を追求し続けることで、重圧がずっと続くことにより、 体が均衡を回復する能力を圧倒し、本来の適応力であるあろうスタシスを機能不全に追いやり、そのことで脳や体を蝕み、じわじわと臓器や他の身体系統を破壊し、健康にダメージを与え、慢性ストレスを生み出すことになるそうです。そして慢性ストレスは病気につながり、健康を損ない、数々の身体症状を引き起こすことになると。
では、どうするか、前章でも出ているように、根底にある構造が変わることにより、慢性ストレスは解消し、生きる活力を取り戻せるそうです。 
  • 第8章 才能と完璧さ(パーフェクション)という思い違い
この章の言いたいことは言わずもがな、という感じでした。
自分の自意識(アイデンティティ)を完璧さ(パーフェクション)と言う理想と結びつけてしまっているし、才能があれば使う義務があると思っている人があまりにも多いと筆者は述べています。それは、完璧さには、ありのままの人生への批判が組み込まれているし、完璧さよりも、ありのままの人生の意外性や欠陥、不完全さを愛でる方が良い、とのことです。
また才能についても、もし才能が真の意味で天からの授かりものなのだとしたら、それは自分が使いたいように使えばいい。それがあるからといって、使わなければならない義務は無い、と言い切っています。
これはまじめ人間の私には吉報ですね。
この章で出てくるステレオタイプジェンダーに基づく役割が中心です。ここの章については、私も実態との乖離が多く、このジェンダーに基づく役割を自意識としていつの間にか持ってしまっていることは恐ろしいことだと思いました。
ちなみに日本の世界の中でのジェンダーギャップ指数が世界110位という驚くべき低順位です。
このデータとこの章から言えることは、日本人は、より文化や社会によって作られたされた役割に囚われており、男性も、女性も、自分の自意識(アイデンティティ)の一部として取り込んだステレオタイプに閉じ込められている、ということでしょうか。
男女の違いは、自己決定や自由、機会の平等を妨げる理由にはならない。
このことを私自身も気を付けないと、と思いました。
  • 第10章 自分の存在を正当化しようとする過ち
この章のポイントには、
「多くの人が、自分の存在を正当化するために良い仕事をし、社会に貢献しなくてはならないと思っている。しかし、
事実は、『自分は存在している』と言うことを、それだけだ。
どんなに良いことをしたとしても、自分の存在を正当化することはできない。なぜなら、そもそも正当化する必要などないからだ。
なぜ私たちが存在しているのかは誰にもわからない。それを説明する理論は無数にあり、それを嬉々として説明してくれる人が無数にいるが、実際には誰もわからない。
行為や実績は自分では無い。世界にどんなに素晴らしい貢献をしたとしても、その貢献は自分ではない。
自分の存在を正当化しなくていい!」
と書かれています。
自分の存在を正当化するために良い仕事をし、社会に貢献しなくてはならないと思っている。
このことは私も日頃、何となく考えていることだったので少々、ショックを受けました。
つまり
自分の存在の意味=自分のやったことの結果と捉えがちですが、上の2つはイコールではない、ということなんだと思います。「自分は何者か?」を確かなものにするために成果を出すのではない、ということなのでしょうか。
  • 第11章 創作者と創作物
章が進むにつれてますます分かりにくくなってきました。
11章のポイントには、
「投資対効果(ROI)のために取り組むのか、それとも創作物そのものの存在のために取り組むのか。基本的な取り組み姿勢は二通りある。
投資対効果が目的の場合、結果は終わるまでわからない。だから、純粋に創作に打ち込めなくなる。
自意識(アイデンティティ)の問題を抱えた創作者は、自分自身に関する見返りが得られる成功を欲しがる。
創作物そのものにフォーカスを合わせていれば完全に創作に打ち込むことができる。
打ち込むことこそ、人間が望むものだ。満足は決して長続きしない。
姿勢を切り替えるためには、自分にもたらされる損得にではなく、作り出している創作物そのものにフォーカスを移すことだ。」
と書かれています。
これを私のレベルで解釈すると、
自分自身に対する見返り(自分に対する良い評価)を求めながら出すアウトプット(創作物)よりも、純粋にそのアウトプットをいかに磨くか、そこに集中することが大事なんだ、と言っているのではないか、と考えました。
  • 第12章 自分自身を追い詰める
今までの話が、いかに良い自意識を持つか、それをつい考えてしまう人に対する意見だったのに対して、この章では、自分の「嫌な思い込み(ビリーフ)」にフォーカスしてしまい、自分自身に重圧を加えている人についての話になっています。簡単に言うと「私は通常の状態でいると偽善者で、無能だし、平均以下だ。だから一人前に振舞うには常に○○していなければならない。」と言う感じで常に、自分で思い込んでいる良くない自分を監視し続けなくてはならない、と考えている人のことのようです。
嫌な思い込み(ビリーフ)」にフォーカスしてしまうことで「情緒的葛藤を引き起こすことによって自分の望まない自分にならないようにして」いて、これも「自意識(アイデンティティ)の問題である」としています。
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中編としてまとめてみましたが、内容がより一層哲学的になってきて、正直、この本に興味を持ってもらうようにするのはかなり難度が高いなぁ、と弱気になってきました。
ようは
「自分は(他人から)こう思われたい。」とか「私ってここがだめよね。」とか、うじうじ考えていていないで、やりたいことに向かって行動していくことが大事、
というメッセージだととらえました。
弱気になったものの、このメッセージを基に考えれば、そんな弱気も端に置いておき、2/3は乗り越えたので後編も引き続きまとめたいと思います。